国・政府の考える「過去」とは

閲覧数1,042
ダウンロード数1
履歴確認

    • ページ数 : 2ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

     日本政府は、これまでアジアを中心として世界各国に過去の侵略戦争を「反省」、「謝罪」してきたという。しかし相手は納得していない。こちらが一方的に「反省」、「謝罪」したところで、相手の理解を得られずに一体どうしようというのか。政府内には未だに「過去に何度も謝罪してきたのだから十分」、「経済援助をしているのだからいいだろう」、「外交カードとして利用されているだけだ」、さらには「国際法上すでに決着している」、「そもそも虐殺などの事実はない」という意見まである。
     今までに出してきた各宣言・談話の中でも、特に評価されているのが1995年8月15日に出された村山談話である。
    戦後50周年の終戦記念日にあたって(村山談話)(1995年 村山富市 一部)
     私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
     当然当時の政治状況が反映しているのだが、それまでの政府は、正式に日本が中国や東南アジアで引き起こした戦争について「侵略戦争」と認めていなかったのに対し、この村山談話では「植民地支配と侵略」の事実とアジアの人々に「多大の損害と苦痛」を与えたことを認め、「反省」と「お詫び」を表明した。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    国・政府の考える「過去」とは
     日本政府は、これまでアジアを中心として世界各国に過去の侵略戦争を「反省」、「謝罪」してきたという。しかし相手は納得していない。こちらが一方的に「反省」、「謝罪」したところで、相手の理解を得られずに一体どうしようというのか。政府内には未だに「過去に何度も謝罪してきたのだから十分」、「経済援助をしているのだからいいだろう」、「外交カードとして利用されているだけだ」、さらには「国際法上すでに決着している」、「そもそも虐殺などの事実はない」という意見まである。
     今までに出してきた各宣言・談話の中でも、特に評価されているのが1995年8月15日に出された村山談話である。
    戦後50周年の終戦記念日にあたって(村山談話)(1995年 村山富市 一部)
    私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。