P6305 米文学研究
<ソートン・ワイルダー作『わが町』の主題について述べよ>
ワイルダーの『わが町』の評価が二分されるのは、演劇に必要な要素である「劇的」な体験を『わが町』が欠いているからである。その「劇的」な体験は辞書的な意味ではなく、演劇的意味の「葛藤」である。葛藤を欠いたプロットに宗教的な意図を織り交ぜながらも、明確な教訓を語らないその「作り話」に観客は対応できないでいる。ともあれこの作品が現在まで何度も上演され続けているのは、そこに人種・国家を超えた普遍的(不変的)な何かがあるからであり、その何かに目を向けさせることがワイルダーのこの作品における意図である。
Ⅰ.第一幕≪日常生活≫
第一幕では、この劇がグローヴァーズ・コーナーズ(世界の片隅)と呼ばれるアメリカのひとつの町で起きる出来事であることが提示される。しかし舞台を見ると、舞台装置、幕などの無い裸舞台である。俳優の行動はパントマイムで行われ、あたかもそこに町や家などが実際にあるように振舞われる。このような幕無し・装置なしの舞台の効果は、俳優と観客が同時にイマジネーションを通して、想像上の見えない町を共有した時に感じる一...