小説ノート8

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    光 2009年03月31日 三浦 しをん ひとつの命を奪っても、感情と思考は冷え冷えとしている。案外こんなものかとも思ったし、俺はどこか麻痺してしまったのかもしれないとも思った。 殺してはいけないと、いまのこの島で言うのは無意味だ。なぜ殺してはいけない。罪を犯したら家族や友人が哀しむからか。俺の家族と友人は全員死んだ。死体袋の中の泥人形が哀しむとは思えない。秩序を乱してはいけないからか。もとからこの世界のどこにも秩序なんかなかったのだと、理不尽な死にあふれた島がこれ以上なく告げている。殺されてもしかたないほど罪深い人間はいないからか。本当に? たぶんあのひとは、と南海子は思う。不毛を知らないのだ。繰り返し繰り返し自分以外の人間の衣服を畳みながら、小さな希望と目標を見いだしてなんとか生活を維持する。そういう必死な不毛と無縁なのだ。 南海子はむなしい。夫への愛情が消えたのではない。むなしさの原因は、夫に両親がいないせいでも、夫が施設で育ったからでもない。夫が優しく穏やかで誠実だからだ。声も感情も吸いこむ穴と暮らしているような気がする。 南海子の父親も、それまでつきあった男たちも、そうだった...

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