1[目的]
二原子分子の赤外吸収スペクトルを測定し、分子の振動および回転エネルギーの変化を解
析することにより、核間距離や慣性モーメントなどの分子に固有の値を調べる。
2[原理]
分光学 1-1)
回転エネルギー
換算質量μと二原子分子の核間距離rを用いると、慣性モーメントは次のようになる。
I = μr2
回転している分子に許容されるエネルギーは、
h2
回転エネルギー=J(J + 1) 8π 2 I
J=0,1,2,・・・
式(2・1)
となり、どんなJの値においても、ある特定の方向に沿っての角運動量成分の値は量子化
される。それぞれのJの値について、2J+1個の回転状態がある。すなわちJの値によ
って指定されたエネルギー準位は 2J+1 の縮退度をもつ。直線分子の回転状態のエネルギー
は回転定数 B を用いて、
B=
h2
8π 2 I
式(2・2)
で表され、これより、回転エネルギーεrot は次のようになる。
εrot = BJ(J + 1)
式(2・3)
図2・1(a)二原子分子 CO(g)および(b)直線分子 N2O を含む気体試料の遠赤外吸収スペクトル
直線分子の回転状態のエネルギーパターンは図2・2のようにな
る。
回転している分子は、その電気双極子を通じて電磁波と相互作用する。量子力学によれ
ばこの相互作用によって電磁波から分子へエネルギーが移動するためには二つの条件を満
たさなければならない。
1. 分子は永久双極子をもたなければならない。(対称な分子は
回転スペクトルを生じない。)
2. 遷移は隣り合う回転状態の間で起こる。すなわち、回転量
子数Jの変化は、選択則ΔJ=±1に従わなければいけない。
エネルギーが吸収される遷移では、ΔJ=+1のみが成り立つ
。
回転スペクトル
直線型の極性分子を含む気体試料の遠赤外線やマイクロ波吸収
スペクトルは、図2・1のように、吸収線がほぼ等間隔に並ん
だ規則正しいパターンになる。図2・3に回転エネルギー準位
間の双極子吸収を示す。回転エネルギー準位はkTと比べてず
っと密に並んでいるため、分子は低いエネルギー領域の許容準
位にわたって分布するはずである。したがって、起こりうる遷
移は図2・3に示されているように多くの準位間のものになる。
これらの準位間のエネルギーの差が、ΔJ=+1 遷移をひき起
図2・2二原子分子または直線分子にお
ける回転エネルギー準位と、各エネルギ
ーにおける縮退度。
こす電磁波の量子エネルギーに対応する。
試料分子の回転エネルギー準位におけるΔJ=+1 の変化
により吸収される電磁波のエネルギーは次の式で表される。
Δϵrot = B J + 1 J + 2 − J J + 1
= 2B J + 1
J=1,2,3・・
式(2.4)
図2・3剛体回転子の直線分子にお
ける(a)回転エネルギー準位と遷移、
(b)吸収スペクトル。
振動エネルギー
分子は、球とバネでできているような柔軟な系である。分子が振
動するとき、分子中の原子は相対的に近づいたり離れたりする。そ
のため、分子の古典論的な運動は Hook の法則 f=-kx と Newton の法則 f=ma から次式の
ように導くことができる。
1
νvib = 2π
k
m
式(2・5)
振動する分子の量子力学的振動は、シュレディンガー方程式にポテンシャルエネルギー
関数を代入し、許容振動状態の波動関数とエネルギーを求めることによって解がえられる。
ポテンシャルエネルギーは、
1
U = 2 kx 2
式(2・6)
で表され、これをシュレディンガー方程式に代入してえられたエネルギーはつぎのように
なる。
εvib = v +
1 h k
2 2π m
v = 0,1,2, ・・・
式(2.7)
これは、エネルギー準位のパターンが、[h/(2π) k/mに等しい一定の間隔をもつことを示
している。二原子分子の振動については、粒子の質量を換算質量に置き換えることにより、
次の式がえられる。
1
h
εvib = v + 2 2π
k
μ
式(2・8)
式()の古典論の結果と合わせると、許容エネルギーはつぎのようになる。
1
ϵvib = v + 2 hνvib
式(2・9)
二原子分子のポテンシャルエネルギーが Hooke の法則で表されるときには、その振動エネ
ルギーは図2・4に示されるような等間隔の準位の組からなる。この放物線のポテンシャ
ルは調和振動子で、この準位間のエネルギーはつぎのようになる。
Δεvib =
図2・4
h
k
2π
μ
Hooke の法則のポテンシャルに従う粒子について
の最初のいくつかの振動状態の許容エネルギーと波動関数。
式(2・10)
許容エネルギーと遷移
気体分子のエネルギーは、振動エネルギーと回転エネルギーの和として扱うことができる。
二原子分子について、式()と式()を用いて次のように書ける。
εrot −vib = v +
1
hν + BJ J + 1
2
vib
v = 0,1,2, ・・・;J = 0,1,2, ・・・
式(2・11)
この式で与えられるエネルギーのパターンを図2・5に示す。電磁波が引き起こす遷移を
支配する選択則を使うことによって、振動―回転吸収バンドの形を予測することができる。
ここでも選択則はΔv=±1、ΔJ=±1である。
図2・5 ポテンシャルエネルギーの核間距離依存性についての調和振動子の近似
と、より現実に近い Morse 関数との比較。Morse 関数は核間距離に対するポテンシャルエネ
ルギーの曲線を作り出す経験的関数。
共役π電子 1-2)
有機化合物の電子遷移は可視領域で起こり、有色の最も典型的な有機分子は、共役系から
なっている。共役電子が非局在化することによってエネルギー準位間隔が狭くなり、電子
を、分子のつくるポテンシャルの箱の中にある自由粒子とみなすことができる。
図2・6
β-カロチンの分子構造
β-カロチンのような十分長い共役系では、π電子は局在しておらず、全炭素骨格を比較
的自由に動いている。よって、この骨格はほぼ一様な低いポテンシャルの領域であって、
分子の端で無限に高いポテンシャル領域とつながっていると考えることができる。この井
戸型ポテンシャルは、22個のπ電子の容器と考えられ、電子-電子反発を無視したとき
のこれらの電子の許容エネルギーは、シュレディンガー方程式において、ポテンシャルエ
ネルギーv=0 として解いて得られたエネルギーは、
ε=
n2 h2
8ma2
n = 1,2,3, ・・・
式(2・12)
となる。A は分子の長さである。スピンの方向の異なる2個の電子が、それぞれ井戸型ポテ
ンシャルの軌道に入る(図2・7)。
カロテンの可視光領域の吸収は、451nm に中心をもつバンドからなっている。この波長
に吸収があることは、4.41×10-19J のエネルギーが吸収されることを意
味していて、吸収される光の波長と共役系の長さを関係づけることがで
きる。カロテンのエネルギー吸収は n=12 と n=11 の間で起こり、その
エネルギー差は、
ε12 − ε11 = 122 − 112
n2h2
8ma 2
式(2・13)
である。
図2・7
自由電子の井戸型ポテ
ンシャルによる、カロチンの 22
3[実験]
二原子分子の振動回転スペクトルの実験操作
個の電子によって占有されたエ
ネルギー準位。
あらかじめ測定された、HCl、DCl、CO の赤外吸収スペクトル結果をもとに2次の回帰
曲線を作成し、各パラメーター値を算出した
共役分子による分子軌道の研究の実験操作
石英ガラス製のトーチにヘキサンに溶かしたβ―カロチンを入れ、分光器で透過率の測
定 を し た 。 測 定 は 、 は じ め 340nm~600nm の 間 を 10nm の 間 隔 で 測 定 し て か ら 、
430nm~446nm を 2nm 刻 み で 、 447nm~455nm を 1nm 刻 み で 測 定 し た 。 さ ら に
465nm~479nm を 1nm 間隔で測定した。測定の前には必ずブランクを用いてバックグラウ
ンド補正をおこなった。
4[結果]
表4・1気体分子の赤外吸収スペクトルの値
CO
ν
m
/cm
HCl35
HCl37
DCl35
DCl37
ν
ν
ν
ν
/cm
/cm
/cm
/cm
-10
2106.97
1973.42
-9
2111.19
2677.44
1986.06
-8
2115.17
2702.75
1998.61
-7
2119.26
2727.45
2725.65
2010.79
1995.84
-6
2123.36
2751.8
2749.87
2022.84
2008.14
-5
2127.22
2775.43
2773.5
2034.77
2020.07
-4
2131.2
2798.69
2796.46
2046.34
2031.88
-3
2135.17
2821.23
2819.3
2057.79
2043.45
-2
2137.34
2843.28
2841.35
2069
2054.9
-1
2139.1...