南方熊楠『神社合祀反対意見』の要約

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    資料紹介

     明治三十九年末、原内閣が出した合祀令は、一町村に一社を標準とする政策である。神社には必ず神職を置き、村社、無格社には報酬を出した。しかし、この合祀令の末項には、村社は一年に百二十円以上、無格社は六十円以上の常収のある方法を立てて、祭典を全うし崇敬の実を挙げさせよ、とある。その方法に関しての明文はなく、合祀の処置は国から府県知事に、そして郡村長に一任された。地方の官公吏は速急に成果を挙げようと、一町村一社の制を励行し、地勢、民情を問わず、社格の高下に関係なく、はじめは五百円であった基本金をせり上げていった。基本財産を増加して、積み立てを人民に迫り、合併を強行し、神林を伐り尽していった。そして、在来の十九万四百社のうち、五万七千二百三十八社が合併し、目下合併準備中が二万二千四百十三社にもなった。当局者は、合祀によって郷党の信仰心が高まり、基本金を集めることができている等、合祀の成果は著しいと述べている。しかし、実際は以下のように反対の悪影響ばかりが見られた。
     第一に、合祀は敬神思想を著しく薄めてしまう。合祀前、田舎には和気藹々とした質朴の良風風俗が在り、毎大字の神社は大いに社交を助けていた。しかし合祀後、往復一里ないし十里も歩かなければいけない所まであり、そのために老少、婦女、貧人は敬神の実を挙げることができなくなってしまった。宗教心が薄くなったなどというが、それは神社を撲滅して手柄として私利を営む官吏、姦商のことであり、辺地の人の敬神の念が厚いことは、山奥に四、五家で、必ず小祠を建てることから明らかである。それをむやみに遠地へ合祀したことから、蛇、狐、生霊、天狗等の淫祠を奉ずるに至る者さえ多くなってしまった。
     第二に、合祀は人民の融和を妨げて、自治機関の運用を阻害する。合祀の遺恨による犯罪を起こした者もいれば、合祀反対の暴動が起こった所もある。

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    南方熊楠『神社合祀反対意見』の要約
     明治三十九年末、原内閣が出した合祀令は、一町村に一社を標準とする政策である。神社には必ず神職を置き、村社、無格社には報酬を出した。しかし、この合祀令の末項には、村社は一年に百二十円以上、無格社は六十円以上の常収のある方法を立てて、祭典を全うし崇敬の実を挙げさせよ、とある。その方法に関しての明文はなく、合祀の処置は国から府県知事に、そして郡村長に一任された。地方の官公吏は速急に成果を挙げようと、一町村一社の制を励行し、地勢、民情を問わず、社格の高下に関係なく、はじめは五百円であった基本金をせり上げていった。基本財産を増加して、積み立てを人民に迫り、合併を強行し、神林を伐り尽していった。そして、在来の十九万四百社のうち、五万七千二百三十八社が合併し、目下合併準備中が二万二千四百十三社にもなった。当局者は、合祀によって郷党の信仰心が高まり、基本金を集めることができている等、合祀の成果は著しいと述べている。しかし、実際は以下のように反対の悪影響ばかりが見られた。
     第一に、合祀は敬神思想を著しく薄めてしまう。合祀前、田舎には和気藹々とした質朴の良風風俗が在...

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