日本の古典文学と鬼

閲覧数5,071
ダウンロード数11
履歴確認

    • ページ数 : 2ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

    『安義橋』・『宇多郡』・『羅城門』の鬼の違い
     まず初めに目に付くのは鬼の登場の仕方である。『安義橋』では、鬼は女に化けて初めから橋の上にいた。『宇多郡』では、突如空が掻き曇り、空中から腕が現れて渡辺綱の髪を掴んで引きずり上げた。そして『羅城門』では、しるしの札を置いて綱が帰ろうとしたとき後ろから兜を掴まれ、振り返ると鬼がいた。
     第二には、目的達成の成否である。安義の橋に現れた鬼は、結果的に男を食い殺し、目的を果たしたが、宇多の郡の鬼は斬り落とされた自らの腕を奪い返しはしたものの、その後綱や頼光らの命を狙い、逆に討たれてしまった。また羅城門の鬼は安義の橋や宇多の郡の鬼と同じ手段、あるいは同じ目的で邸内に入り込んだにもかかわらず、首尾よく腕を奪い返して去った。ただし、この羅城門の鬼はその後、京を離れたらしい。結果的に言えば綱の勝ちに終わったともいえるだろう。
     また主役となる人物にも違いがある。『安義橋』で橋を渡ろうとした若い男は、酒の席での強がりを不本意ながら実践しなければならなくなった。そのため橋に着いた頃には既に心乱れ生きた心地がせず、橋の上にいた女を必要以上に恐れたのだが、逆に、これほどまでに恐れなければ女は鬼に変じなかったのではないかとも思える。しかし『宇多郡』の主人公格である渡辺綱は、女装までして鬼をおびき出し、討ち果たそうとした。『羅城門』でも綱は、肝試しの最中に鬼に襲われるが、慌てず斬りかかり、ついに腕を切り落とした。しかも綱は、舞台である羅城門に向かう際、「鬼を退治せずに二度と人の顔を見るまい」という決心までしていたのである。
     これらの物語における、鬼の登場の仕方や人物の違いから考えられる事は、鬼は人の心に付け入ってくるという事だろう。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    『安義橋』・『宇多郡』・『羅城門』の鬼の違い
    まず初めに目に付くのは鬼の登場の仕方である。『安義橋』では、鬼は女に化けて初めから橋の上にいた。『宇多郡』では、突如空が掻き曇り、空中から腕が現れて渡辺綱の髪を掴んで引きずり上げた。そして『羅城門』では、しるしの札を置いて綱が帰ろうとしたとき後ろから兜を掴まれ、振り返ると鬼がいた。
     第二には、目的達成の成否である。安義の橋に現れた鬼は、結果的に男を食い殺し、目的を果たしたが、宇多の郡の鬼は斬り落とされた自らの腕を奪い返しはしたものの、その後綱や頼光らの命を狙い、逆に討たれてしまった。また羅城門の鬼は安義の橋や宇多の郡の鬼と同じ手段、あるいは同じ目的で邸内に入り込んだにもかかわらず、首尾よく腕を奪い返して去った。ただし、この羅城門の鬼はその後、京を離れたらしい。結果的に言えば綱の勝ちに終わったともいえるだろう。
     また主役となる人物にも違いがある。『安義橋』で橋を渡ろうとした若い男は、酒の席での強がりを不本意ながら実践しなければならなくなった。そのため橋に着いた頃には既に心乱れ生きた心地がせず、橋の上にいた女を必要以上に恐れたのだが、逆に、...

    コメント2件

    azuremirage 購入
    「陰」について触れ、総合的に鬼を論じていたらもっとよかったと思う。事例が豊富だったのはよかった。
    2006/07/14 2:57 (18年5ヶ月前)

    momokan 購入
    good
    2007/02/01 1:18 (17年11ヶ月前)

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。