「国木田独歩作『忘れ得ぬ人々』を読み、そこに表現されている人間意識及び人生観について述べよ。」
独歩は詩人として出発し、初期の散文詩に近い短編小説をはじめ、清新な浪漫的香気に富む諸作品を世に送った文学者である。『独歩吟』の序で、「日本の精神的文明の上に著しき影響をあたふるものは今後必ずこの詩体なるべきを信ず」と言っており、『武蔵野』に収められた短編小説においても、『星』『たき火』『詩想』などの散文詩の体をとったものなど、しばしば詩の体がみられるものも多い。『忘れ得ぬ人々』は淡々としすぎている感はあるが、それでも小説の体をなしている。『武蔵野』は全編を通じて詩人の作品の感が強い。
硯友社系の文学に代わって文壇の主流を占めた文学が自然主義から私小説への袋小路に陥ったのに対し、独歩の文学は客観的素材を扱いながらも、より広い視野からのフィクション化を通して自己表現する近代文学の可能性を独自に切り開いた。独歩の文学的素養は、民友社を創立した徳富蘇峰の文学評論によって啓発され、蘇峰を中心とする民友社が紹介したエマーソン、カーライルの思想書やワーズワースの詩集に親しみ、庶民のヒューマニティーや自然...