「できること できないこと」あるいは「日本の今」

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    このところTVや新聞で麻生総理の露出が目立つ。敢然と景気対策を実行する救世主像をアピールしている。麻生・自民党が景気回復を実現する過程に、横槍を入れる輩はすべからく国民の敵である、というプロパガンダを裏に秘めながら。そして日本を「明るく、強い国に」が「太郎の約束」である。
     ところで冷静に考えるとこのプロパガンダには、「景気は、政府が回復させることができる」という前提が隠れている。しかし果たして景気回復は本当に政府が、「できる」事柄なのだろうか。
    公共工事はイノベーショントリガー
    公共工事に代表される財政出動は確かに、かつてイノベーショントリガーだった。生活を一変させる手段だった。いわゆる高度成長の時代までは。
    たとえば地方への高速道路や新幹線などの交通インフラ整備そして電源開発。このおかげで地方都市にも工業団地が形成され、雇用が増えた。リヤカーからオートバイへ、さらに砂埃をあげながら三輪ミュゼットが走る街からアスファルトの道路をトラックやバンで商品が流通する商店街へ、目に見えて生活の風景が変わっていった。夜行列車があたりまえの出張が、新幹線で時間が大幅に短縮し日帰りが可能になった。
    その結果、都市部と地方間の格差は是正され、「明るく、強い」社会になるのを国民は実感したのだった。
    しかしこのような効果を、財政出動が産んだのにはふたつの前提条件があった。ひとつは日本が当時インフラの未整備な発展途上国であったこと。ふたつめは経済構造が、相対的に閉じた系のもとに循環していたこと。
    閉じた系のもとで、企業が過剰な在庫投資、設備投資をやったあげく、ストック調整に動く、すると景気が下降する。そこへ政府が需給ギャップを埋めるために有効需要政策、すなわち財政出動をやると、企業のマインドは明るくなり、日本経済は潜在成長軌道に戻る。公共工事でいえば、建設作業員に払われた給料が、貯蓄に回る以外は消費に回り、それが商品を製造するメーカーや商店の所得を潤すなどして、結果、政府支出額の何倍もの効果があがった。いわゆる乗数効果が経済の教科書通りに実現していた。
    その当時、「景気は、政府が回復させることができる」代物と言える余地が十分にあった。
    しかし時代は変わった。
    「中央集権型システム」の機能不全
    財政出動で景気回復を目指したり、中長期的な社会の変化をもたらす「中央集権型システム」が機能不全に陥ってしまった。それが眼下の成長力低下、地域格差拡大の根本要因。「日本の今」の姿。
    国のステージとして発展途上国から先進国への変化があった以上、インフラへの投資はもはや乗数効果を産んでくれない。90年代の経験としても、雇用維持を優先した財政出動では、相対的に生産性の低い土木・建設の分野に経営資源が留められ、むしろ結果として、全体の生産性向上の足を引っ張ることになった 。この影響は借金漬け国家日本という形で、つまり景気回復のための財政出動を財源が許さないという意味で、もはや景気回復は政府が「できる」事柄でない状況を産みだしてもいる。
    そしてグローバル化が、経済を開放系のものにし、その意味でも政府のコントロールを難しくしている。端的には春先以来の原油価格高騰、ガソリン代の値上げは、日本の企業、家計から強制的に所得を海外の産油国へ移転させている(交易損失) 。この状況下でなお、「景気は、政府が回復させることができる」といえるだろうか。
    またグローバル化は、工場立地政策を大きく変えた。円高あるいは新興経済国での基盤整備などの環境変化から、企業は海外の低コスト工業立地を求めて、日本の地方圏から移動していった。
    日本総研は「中央集権型システム」がこれまでふたつのサブシステムに支えられてきており、
     a.「集権型分散産業システム」:大都市部に本社を
    持つ大企業がその工場・営業所を地方に分散すること
    で、全国各地に富を配分する仕組み。
     b.「集権型分散行財政システム」…中央政府が地方
    の行政事務をコントロールする一方、補助金や地方交
    付税等を通じて、大都市部から地方に所得移転を行う
    仕組み
    それが機能不全に陥ってしまった今、「中央集権型システム」から「自立した地域(地方政府)の連合体」への転換は待ったなし、と指摘している 。
    政府が「やるべきこと」
     政治家たるもの「できない」約束をするものではない。「できない」ことを「できる」かのように言い立てるのはポピュリズムの謗りを免れない。いや、ポピュリズムだとしても、もしそうなら実際は「できない」とわかっているだけの見識があるのだからまだ救いがある。最悪なのは「日本の今」に関する認識が十分でなく、本気で「できる」と思っているケースかもしれない。
     財団法人社会経済生産性本部は先ごろ、「総選挙に向けての緊急提言~政権選択に相応しい政権公約のあり方」を公表した 。その中で、政権公約の中に、「それぞれが目指す日本社会の将来像と時代認識」を明確にするよう求めた。同感だ。
    むしろ政府が「できる」こと、「やるべき」ことは、
    ・長期的に見て、この国が目指す将来像や、あるべき
    姿を示すこと
    ・生活を一変させる「イノベーション」を起こす舞台づくり
    だろう。これを実行することではじめて、日本を「明るく、強い国に」することが可能になる。
    PHP総合研究所が毎年まとめている「マニフェスト2008」も、個別政策は、政権がめまぐるしく変化したにもかかわらず、淡々と進められているものが多いという意外な結果だとしたうえで、「むしろ与党は行政の継続的な政策をマニフェストに反映させている」だけで、政府が行政を方向付けるのではなく、行政を政府が追認するだけの本来形と異なる事態が起きているかもしれないと懸念を表明している 。
    来る総選挙においては、「日本の今」を語り、将来のビジョンを戦わせるマニフェスト合戦を期待したい。
    2
    情報社会生活マンスリーレポート 08年10月号
    Column
    「できること できないこと」あるいは「日本の今」
    神宮司信也
    【今月の参考クリップ】
    1.
    産業別国際比較からみたわが国の労働生産性低迷の要因分析
    http://www.jri.co.jp/press/2008/jri_080904.pdf
    部署の壁・企業の壁を越えた情報共有・価値創造を促進するスタイ
    ルの創造」と「プロデューサー型経営人材」育成がキー。
    2.
    1兆円規模でも効果は期待できない福田政権の景気対策
    http://www.gci-klug.jp/klugview/2008/08/14/003450.php
    交易損失規模は28兆円。消費税が10%になったと同じ効果。1兆円
    景気対策では焼け石に水。
    3.世界経済の現状と行方~グローバル・インフレは収束?
    http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/siryou/zaiseia/zaiseia200903/zaiseia200903_a.pdf
    資源国への所得移転で各国内需減速。これが日本の輸出に与える影
    響に注意。ただ新興国がインフレ抑制に向かえば別シナリオも。
    4.
    中央集権国家・日本の行く末に関するシミュレーション-2025年 地方経済・財政崩壊のシナリオ 【要約】
    http://www.jri.co.jp/JRR/2008/09/japan.html
    2つのシステムの機能不全深刻。補助金や地方交付税等を通じた所
    得移転。大企業の工場・営業所の地方分散による富の配分。
    5.
    総選挙に向けての緊急提言~来る総選挙を歴史的な政権選択選挙とするための条件整備~
    http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/21th_productivity/activity000880.html
    「ねじれ」解消するため、「衆議院選挙決着原則」を提案。その
    「公約」担保のために手順と原資の開示と閣僚同士の討論を、と。
    6.
    マニフェスト白書 2008
    http://research.php.co.jp/manifesto/manifest2008.pdf
    国政選挙においてマニフェストが登場したのは03年の総選挙。将来
    に向けた日本のあるべき姿やビジョンを示すのが本来形なのだが。

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