一、はじめに
二〇〇一年七月に封切られた『千と千尋の神隠し』は、あの『タイタニック』や、ジブリの人気作『もののけ姫』を上回る反響を呼び、二〇〇二年四月二十一日までに観客動員数二、三三三万人、興行収入三〇一億円という偉業を成し遂げた(久美・二〇〇四)。その内容はというと、十歳の少女・千尋が、トンネルの向こうの「不思議な世界」に迷い込み、そこで起こる多くの困難を乗り越え成長していくという、至ってシンプルな、ともすれば「ありきたりな成長物語」である。それがなぜ空前のブームを巻き起こすに至ったのだろう。おそらくそれは独創的な「世界観」にあるのではないだろうか。清水氏は言う、「このアニメには様々な解かなければならない謎や、絶対に解けないであろう謎が残されている」と(清水・二〇〇一)。そう、「千と千尋」の「不思議な世界」には謎が多い。一体あの世界は何であるのか。その問いに対する見解は様々である。清水氏(二〇〇一)は、トンネルは産道の隠喩であるとする「母体回帰」説を挙げているし、久美氏(二〇〇四)は「あの世界は千尋用に全てがお膳立てされた世界」だと述べている。
この問題について考える上で、注目すべき点は「『千と千尋』は、いたるところに伝統、民族、思想的要素が盛り込んである」と、宮崎監督が自認しているということだ(『千と千尋の神隠し』パンフレット)。これは、何らかの伝統的思想によって「不思議な世界」を説明付けることができる可能性があることを意味しているのではないか。そこで、物語序盤で、「不思議な世界」の住人・ハクが千尋に言った「この世界のものを食べないと、そなたは消えてしまう」という台詞に着目した。この場面は、『古事記』に記されている「よもつへぐい黄泉戸喫」(黄泉の世界の火で作った食物を口にして、その世界の仲間となる儀礼)(辰巳・一九九六)に非常によく似ている。
一、はじめに
二〇〇一年七月に封切られた『千と千尋の神隠し』は、あの『タイタニック』や、ジブリの人気作『もののけ姫』を上回る反響を呼び、二〇〇二年四月二十一日までに観客動員数二、三三三万人、興行収入三〇一億円という偉業を成し遂げた(久美・二〇〇四)。その内容はというと、十歳の少女・千尋が、トンネルの向こうの「不思議な世界」に迷い込み、そこで起こる多くの困難を乗り越え成長していくという、至ってシンプルな、ともすれば「ありきたりな成長物語」である。それがなぜ空前のブームを巻き起こすに至ったのだろう。おそらくそれは独創的な「世界観」にあるのではないだろうか。清水氏は言う、「このアニメには様々な解かなければならない謎や、絶対に解けないであろう謎が残されている」と(清水・二〇〇一)。そう、「千と千尋」の「不思議な世界」には謎が多い。一体あの世界は何であるのか。その問いに対する見解は様々である。清水氏(二〇〇一)は、トンネルは産道の隠喩であるとする「母体回帰」説を挙げているし、久美氏(二〇〇四)は「あの世界は千尋用に全てがお膳立てされた世界」だと述べている。
この問題について考える上で、注目すべ...