万葉人の恋の呪術

閲覧数2,307
ダウンロード数22
履歴確認

    • ページ数 : 4ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

     万葉集相聞歌の一角を築く特徴的な歌群に、まじないや呪術を詠みいれた歌がある。『万葉集』における歌は、特に恋の歌でいえば、相手に逢えない状態で、逢えるように願っているものがほとんどである。これは、歌には逢いたい人に逢えることを可能にする呪力あると考えられていたからである。遠くにいる場合、逢いに行く場合、逢ったとき、別れるときなどそのたびに詠まれたのは、歌が儀礼的なものとされていたからである。恋する男女にとっては、相手と離れることは悲しいことである。しかし当時はそう簡単に男女が逢ったりできるものではなかったので、お互いに恋しく苦しい思いをしていた。それも、相思相愛の場合はまだよく、まだ見ぬ人や人目見ただけの人を思ったり、相手の愛がいつしか薄れていったりする片恋の場合は、何ともしようがなかった。社会のさまざまな障害や、片思いによってもがきあがかなければならなかった男女が、藁をもつかむ気持ちで一喜一憂してついて頼ったもの、あるいは頼ろうとしたもの、それが呪術であった。万葉人の呪術は千差万別で、恋人同士は逢うためにさまざまな呪術を行なった。その中でも、最も強制的・意図的なものにはト占があり、消極的な呪術としては行為の呪術などがある。私は次の巻十一の二四〇八番の歌、
     眉根掻き鼻ひ紐とけ待つらむいつかも見むと思へる我を (十一・二四〇八)
     (眉を掻きくしゃみをし下紐を解いて待っているだろうか、早く逢いたいと思っている私を)
     これに、行為の呪術が三種詠みこまれていることに注目し、この歌をもとに万葉人の呪術的な信仰、特に恋の呪術に対する考えについてみていこうと思う。
     まずは、この歌の「眉根掻き」「鼻ひ」「紐解け」の三種の呪的な行為の中から、「眉根掻き」についてみていくことにする。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

     万葉人の恋の呪術               
    万葉集相聞歌の一角を築く特徴的な歌群に、まじないや呪術を詠みいれた歌がある。『万葉集』における歌は、特に恋の歌でいえば、相手に逢えない状態で、逢えるように願っているものがほとんどである。これは、歌には逢いたい人に逢えることを可能にする呪力あると考えられていたからである。遠くにいる場合、逢いに行く場合、逢ったとき、別れるときなどそのたびに詠まれたのは、歌が儀礼的なものとされていたからである。恋する男女にとっては、相手と離れることは悲しいことである。しかし当時はそう簡単に男女が逢ったりできるものではなかったので、お互いに恋しく苦しい思いをしていた。それも、相思相愛の場合はまだよく、まだ見ぬ人や人目見ただけの人を思ったり、相手の愛がいつしか薄れていったりする片恋の場合は、何ともしようがなかった。社会のさまざまな障害や、片思いによってもがきあがかなければならなかった男女が、藁をもつかむ気持ちで一喜一憂してついて頼ったもの、あるいは頼ろうとしたもの、それが呪術であった。万葉人の呪術は千差万別で、恋人同士は逢うためにさまざまな呪術を行なった。その中...

    コメント1件

    camelshui 購入
    good!
    2005/12/05 20:26 (18年11ヶ月前)

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。