はじめに
発展途上国の野生動物を保護しようとするのは主として先進国である。しかし、先進国と発展途上国の間には自然や野生動物に対する認識が大きく異なっている。この認識を乗り越え、そして、発展途上国の野生動物を保護していくには何が必要となるかをこれから論じていきたい。
本論
発展途上国の野生動物の保護を考える上で必要となるのが自然の見解の違いである。日本においても、都会と農村の間で大きな隔たりが在るように、先進国と発展途上国の間には自然の見解にも大きな隔たりが在るのである。その隔たりに当たるのが自然との距離である。この距離の違いが自然や野生動物に対する認識の違いを生み出すのである。自然や野生動物から遠い先進国諸国の人々にとって発展途上国に存在している自然や野生動物はメディアの対象や観光の対象となるものであり自分の実生活からかけ離れたものとして捉えて、人の手が加わることのない全くをもって自然なままであるべきものであると考えており、ましてや野生動物を殺すことなど考えられない。これに対し、発展途上国側の人々にとって自然や野生動物は単なる食料であり生きるための糧でしかないのである。これらの認識の違いが様々の国際会議において先進諸国側と発展途上国諸国側との対立を生み出してしまうのである。
はじめに
発展途上国の野生動物を保護しようとするのは主として先進国である。しかし、先進国と発展途上国の間には自然や野生動物に対する認識が大きく異なっている。この認識を乗り越え、そして、発展途上国の野生動物を保護していくには何が必要となるかをこれから論じていきたい。
本論
発展途上国の野生動物の保護を考える上で必要となるのが自然の見解の違いである。日本においても、都会と農村の間で大きな隔たりが在るように、先進国と発展途上国の間には自然の見解にも大きな隔たりが在るのである。その隔たりに当たるのが自然との距離である。この距離の違いが自然や野生動物に対する認識の違いを生み出すのである。自然や野生動物から遠い先進国諸国の人々にとって発展途上国に存在している自然や野生動物はメディアの対象や観光の対象となるものであり自分の実生活からかけ離れたものとして捉えて、人の手が加わることのない全くをもって自然なままであるべきものであると考えており、ましてや野生動物を殺すことなど考えられない。これに対し、発展途上国側の人々にとって自然や野生動物は単なる食料であり生きるための糧でしかないのである。これらの認識の違...