「僕の音楽を聴いてくれる人は専門家ではなく普通の人が多い。僕は芸術家じゃなく街中の音楽家ですから、聴いてもらってわかりやすいことが大事です。」
これは、私の大好きな現代音楽の作曲家、「久石譲」さんの言葉である。私が久石さんのことを知ったのは「宮崎駿」監督作品「風の谷のナウシカ」だった。 映画中に流れる「らんらんらららんらんらー」あの、子供の声で流れる曲のインパクト。それから徐々に久石さんのことを知っていき、あのなんともいえない聞きやすさ・私にとっての癒しを含んだ彼の曲は現在の私にとってなくてはならないものとなっている。(毎晩就寝前にCDを聞くのが決まりのようになっている。)
久石が作曲家を志したのは20歳の時。テリー・ライリーの「A Rainbow in Curved Air」に魅せられ、20歳でミニマル音楽の作曲家になろうと決めた。ミニマルとは、短い音のパターンをひたすら反復する音楽で、ライリーはその「発明者」だった。
延々と続くなかで繊細な変化を重大なものとして響かせるため、どこを切り取っても「同じ体験」として聴けるのがミニマルの特徴だ。小さい頃から西洋音楽を習い、始まりがあって終わりがあるのが音楽だと思っていた久石にとって、この方法はあまりに衝撃的だった。始まりが終わりでもあり、過去が未来でもあるという独特の時間のとらえ方に、いっぺんにはまってしまった(ちなみに、民族音楽にも同様の特性があると久石は指摘する。彼の音楽にしばしば民族音楽の要素が盛り込まれるのはこのためだろう)。(読売新聞[久石譲が挑む動く音]より)
実際に様々な彼の音楽を聴いてみるとわかるだが、たしかにミニマルという要素がとても強いような気がする。 彼の音楽からなんだか懐かしいようなでも新しいような、シンプルだけどあきがこない音楽はこのミニマルから来ているような気がする。
日常生活の中の芸術
「僕の音楽を聴いてくれる人は専門家ではなく普通の人が多い。僕は芸術家じゃなく街中の音楽家ですから、聴いてもらってわかりやすいことが大事です。」
これは、私の大好きな現代音楽の作曲家、「久石譲」さんの言葉である。私が久石さんのことを知ったのは「宮崎駿」監督作品「風の谷のナウシカ」だった。 映画中に流れる「らんらんらららんらんらー」あの、子供の声で流れる曲のインパクト。それから徐々に久石さんのことを知っていき、あのなんともいえない聞きやすさ・私にとっての癒しを含んだ彼の曲は現在の私にとってなくてはならないものとなっている。(毎晩就寝前にCDを聞くのが決まりのようになっている。)
久石が作曲家を志したのは20歳の時。テリー・ライリーの「A Rainbow in Curved Air」に魅せられ、20歳でミニマル音楽の作曲家になろうと決めた。ミニマルとは、短い音のパターンをひたすら反復する音楽で、ライリーはその「発明者」だった。
延々と続くなかで繊細な変化を重大なものとして響かせるため、どこを切り取っても「同じ体験」として聴けるのがミニマルの特徴だ。小さい頃から西...