憲法第九条をめぐる戦後安全保障

閲覧数1,909
ダウンロード数4
履歴確認

    • ページ数 : 3ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

    憲法第九条をめぐる戦後安全保障
    敗戦後、連合国の占領下におかれた日本にとっての安全保障上の中心課題は、国内体制の安定であった。日本は、完全な武装解除と戦争遂行能力の破壊、植民地の放棄といった内容を含むポツダム宣言を受諾した。この時期の政府指導層の最大の関心事は、「国体護持」であった。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    憲法第九条をめぐる戦後安全保障
    敗戦後、連合国の占領下におかれた日本にとっての安全保障上の中心課題は、国内体制の安定であった。日本は、完全な武装解除と戦争遂行能力の破壊、植民地の放棄といった内容を含むポツダム宣言を受諾した。この時期の政府指導層の最大の関心事は、「国体護持」であった。
     マッカーサーは、日本指導層の「国体」に対する脅威感を利用して、早期に憲法の改正を行い、自らが指揮する占領を円滑に進めようとした。彼は、GHQ民政局に命じて憲法草案を作成させ、それを元にして、GHQと日本政府によって日本国憲法は制定された。こうして降伏時の日本側の安全保障課題であった「国体保持」は、象徴天皇制という修正を経て、法的正当性を得た。
     この過程では、日本の将来の軍備は二次的な扱いしか受けなかった。日本が再び軍事力をもちうる主権国家となるのはかなり先のことと考えられていたこともあるが、それ以上に1946年当時は、国際連合による集団安全保障が機能する前提が存在していたからである。
    こうした国際情勢を前提とするとき、日本国憲法第九条の「戦争放棄」規定は、外交権を失った日本にとって外交としての意味を持...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。