桜井万里子『ソクラテスの隣人たち』を読んで

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    資料紹介

    この本は、紀元前5世紀末のギリシア、アテナイを生きたソクラテス、アゴラトス、アントギス、リュシアスの4人の生き方を個別的・具体的に追うことで、古代ギリシアにおけるアテナイ社会の実相を描き出そうとしたものである。
     従来のアテナイ像は多分に紋切り型であった。大別すれば、アテナイ民主政を理想視し近代民主主義の原点として捉えるか、もしくは奴隷の存在など「古代的限界」を強調するかの2つの見方しかなかったと言えるだろう。本書のアテナイ像はそのいずれでもない。この本から浮かび上がってくるアテナイの姿は多様性と活気に満ちた、言うなれば人の息づかいが感じられる世界である。若者たちと対話をし、アテナイ民主政を批判したソクラテス。訴追を生業とし、波瀾万丈の生涯を遂げた解放奴隷アゴラトス。民主政下のアテナイで巧みに立ち回った寡頭政支持の富豪市民アントギス。「30人僭主」への復讐に燃えた富裕メトイコイの弁論作者リュシアス。それぞれに個性的な彼らを生んだ古代アテナイとはどのような社会だったのだろうか。
     アテナイには「デーモシオス」と「コイオス」という2つの異なる公概念、公共空間が存在していたと著者は指摘する。デーモシオスとは政治的な公共空間のことで、参政権を持つ(男性)市民たちを成員とする空間である。これに対しコイオスとはメトイコイ、奴隷、外人、女性といった非市民をも包摂する生活空間のことである。この多重構造こそがアテナイ民主政が自由と秩序をバランスよく両立させることに成功した最大の要因であったと筆者は主張する。
     アテナイ民主政は市民に多くの権利を与えると共に市民間の平等を追究した。しかしこれを実現するには市民の数を制限する必要があり、民主政の発展にともなって市民と非市民の境界を強化していった。デーモシオスの確立である。だが、市民よりはるかに数の多い非市民を疎外することはアテナイの国力の弱体化につながる。

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    『西洋史研究入門』レポート:桜井万里子先生
    桜井万里子『ソクラテスの隣人たち』を読んで
     この本は、紀元前5世紀末のギリシア、アテナイを生きたソクラテス、アゴラトス、アントギス、リュシアスの4人の生き方を個別的・具体的に追うことで、古代ギリシアにおけるアテナイ社会の実相を描き出そうとしたものである。
     従来のアテナイ像は多分に紋切り型であった。大別すれば、アテナイ民主政を理想視し近代民主主義の原点として捉えるか、もしくは奴隷の存在など「古代的限界」を強調するかの2つの見方しかなかったと言えるだろう。本書のアテナイ像はそのいずれでもない。この本から浮かび上がってくるアテナイの姿は多様性と活気に満ちた、言うなれば人の息づかいが感じられる世界である。若者たちと対話をし、アテナイ民主政を批判したソクラテス。訴追を生業とし、波瀾万丈の生涯を遂げた解放奴隷アゴラトス。民主政下のアテナイで巧みに立ち回った寡頭政支持の富豪市民アントギス。「30人僭主」への復讐に燃えた富裕メトイコイの弁論作者リュシアス。それぞれに個性的な彼らを生んだ古代アテナイとはどのような社会だったのだろうか。
     アテナイには「デー...

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