上村松園。驚くべきことに、その人は女性画家であった。明治や大正といった時代に、厳しい芸術界の中で活躍した女性が存在したのだ。私は、この人について知りたい、と思った。彼女はどんな人であり、どの様にして画家の道を歩んだのか。そして、彼女の人生をその時代背景と共に追ってゆき、またその作品から、彼女が理想とした画境がいかなるものであったかを探ってゆくことにした。
理想の美を求めて彼女が題材を見出したのは、まず物語であった。
大正三年平和記念大正博覧会に「娘深雪」を出品。これは浄瑠璃、歌舞伎の「朝顔日記」の主人公である深雪を描いたもので、琴を奏でる合間に恋人からもらった扇を、人目につかないように取り出しては相手を偲んでいる場面が描かれている。これは、概ね好評を得た。鏑木清方が「優麗高雅な佳品」と評している。(148頁)
この頃から松園は、金剛巌について謡曲を習い始めている。彼女は「謡曲のなかにうたわれている事柄は品位があって格調高いもの」であるといっており、そこに彼女の理想と通ずるものを見出したようである。そして、謡曲から題材を得た作品を生み出していく。
大正三年、第八回文展のその稽古風景からモチーフを得た「舞じたく」、翌第九回文展の「花がたみ」を出品。「花がたみ」は謡曲「花かたみ(漢字)」から取材したものである。かつて皇子の寵愛をうけた照日前が、都へ戻った皇子を慕い、形見にもらった花籠を手に上洛してくるのだが、その途中で皇子の行幸に会い、御前で皇子を恋い慕う苦しい胸のうちを表すため狂人の舞を舞ってみせた、という場面が描かれている。この松園の新しいモチーフに対し、文学士植田寿茂は、
松園さんの画は、年々歳々、文展に於ての名誉の地歩をためている様に、芸術上の価値も、亦、年々歳々、昔のま←の面目を保つてい←る。昔の儘に浅薄である。・・古い意味の美しい顔と、美しい着物が有る丈で、下には体も無く、血も通はない、精神は殆ど現れて来ない。
女流画家上村松園の人生とその時代背景に関する一考察
序論
上村松園の画に出会ったのは、この夏のことであった。その展覧会には、明治・大正・昭和期の巨匠の作品が数多く展示されていたが、その中でどうしてか惹きつけられる一枚の画があった。
団扇を持つ簾の中の美人の立ち姿、が描かれていた。片方の手でそっと簾を押しのけている彼女の視線の先にあるものは、一匹の蛍。その蛍を眺める目は優しく、団扇をあてた口元はやや微笑んでいるかのように見える。なんて美しいんだろうーー私は思わずそこに立ち止まってしまったのだ。うまく言葉には表せないのだが、そこには気品が漂っていて、それでいてはんなりとした艶やかさが存在している。このような女性を描く画家は、一体どんな人だろうと思った。
上村松園。驚くべきことに、その人は女性画家であった。明治や大正といった時代に、厳しい芸術界の中で活躍した女性が存在したのだ。私は、この人について知りたい、と思った。彼女はどんな人であり、どの様にして画家の道を歩んだのか。そして、彼女の人生をその時代背景と共に追ってゆき、またその作品から、彼女が理想とした画境がいかなるものであったかを探...