二回の世界大戦で荒廃したヨーロッパは、早急に復興を図ることと、二度と戦争を企図する様な国を作らないことが緊急の課題となった。その中でヨーロッパ統合の道への主な要因として、内的要因としては、主権のせめぎあいの中で発生した戦争を二度と起こさないために、旧来から対立関係にあった独仏を含む欧州諸国が主権を譲り合うことを目標したものでまた、外的要因としては、ソ連の脅威の台頭やマーシャル・プランを推進するにあたっての米国の要請等が挙げられる。そして、ドイツの資源と工業力、特にザールとルール工業地帯での復活を危惧した政治勢力によって、石炭と鉄鋼生産の共同管理をするためにECSCが生まれたのである。その後経済的統合にためにEEC、原子力の平和利用に関してEURATOMが発足し、この三共同体が統合して1967年ECが発足したのである。対して、旧ソ連を盟主とする東ヨーロッパ諸国では1949年にCOMECON、1955年にはワルシャワ条約機構が結ばれ、独自の流れを見せたが、西ヨーロッパの経済発展には及ばず
1989年ベルリンの壁崩壊によって、西と東の分断はその歴史に幕を閉じた。やがてECは1973年にイギリスを加えたほか、北、南、そして東ヨーロッパ諸国からの加盟申請を受けて1993年よりヒト・モノ・カネの自由化を目指しEUとして再出発することになった。
北はノルウェーのノルド岬から南はギリシアのクレタ島まで日本と比べて北になる部分が多いヨーロッパの気候はそれぞれ国、地域によって異なるのは当然といえる。一般にヨーロッパの気候は、冬は北東隅が寒く南西隅が暖かい。また地形の起伏も激しく、地中海の背後にアルプス山脈がそびえたち、その北側の中央低地ではライン川とドナウ川が東西に分かれて流れているほか、多数の河川が大西洋やバルト海に向けて流れて平野を作り、河川交通を発達させている。そして、バルト海を隔てた北にはスカンジナビア山脈の連なる半島があり、とヨーロッパの区分はいわゆる東ヨーロッパ=社会主義諸国と西ヨーロッパ=自由主義諸国という政治経済的な分け方よりも南ヨーロッパ=地中海岸諸国中央ヨーロッパ=中央低地諸国、北ヨーロッパ=スカンジナビア半島諸国、大西洋島嶼国という地域的な分類の方がヨーロッパをうまく捉えることができる。このように一口にヨーロッパといっても様々な地域差があり、当然その差異は産業にも影響を及ぼしている。
二回の世界大戦で荒廃したヨーロッパは、早急に復興を図ることと、二度と戦争を企図する様な国を作らないことが緊急の課題となった。そ...