今回講義で,不登校の定義は年間30日以上の長期欠席者のうち「何らかの心理的,情緒的,身体的,あるいは社会的要因・背景により,登校しないあるいはしたくてもできない状況にある状態」ということ,そして現在,中学生の37人に1人が不登校であるということなどを学び,平成13年から不登校の児童生徒が少しずつへっているとはいえ当たり前に存在するその現状に問題を感じずにはいられなかった。当たり前に存在する,ということはつきつめるとそうなる前に,早期発見・早期対応ができていないということになるのではないか。現在不登校の児童生徒の居場所となる諸施設(フリースクール)などが一般化しつつあるが,一旦学校を離れると手が届かなくなるからだろうか,その諸施設に任せきりでそのまま見放す形となる学校も少なくないと聞く。果たしてそれだけでよいのか。フリースクール等が増えていくにつれ,不登校を学校で対応しきれていない,また学校は子どもが不登校になってしまう前のシグナルにきづけていないという気がしてならない。しかしそのシグナルというものはすごくささいな変化であったりするのではないか。担任であるなら1人で30〜40人の多種多様の育ち方をした子ども全員の変化に細かに気がつくべきなのだろうか。それはそうなのかもしれない。もちろん教師の把握力はとわれるべきである。しかしそれが完璧にできる人間はどれほどいるだろう。また,クラスの問題は担任一人の責任にされてしまう場合も多いと聞く。しかし不登校が多い中学校は教科担任制である。多くの教師が生徒を見れる環境にある。中学校こそ,その制度を生かして学校運営していくべきではないか。
私が中学生の時,隣のクラスであったが長期にわたって欠席していた女の子がいた。転校生で,前の学校でも不登校になり転校してきたらしいのだが,転校してきて3,4日通いすぐ不登校になってしまったので私は顔も知らない。
学校健康教育学
不登校になる前に
今回講義で,不登校の定義は年間30日以上の長期欠席者のうち「何らかの心理的,情緒的,身体的,あるいは社会的要因・背景により,登校しないあるいはしたくてもできない状況にある状態」ということ,そして現在,中学生の37人に1人が不登校であるということなどを学び,平成13年から不登校の児童生徒が少しずつへっているとはいえ当たり前に存在するその現状に問題を感じずにはいられなかった。当たり前に存在する,ということはつきつめるとそうなる前に,早期発見・早期対応ができていないということになるのではないか。現在不登校の児童生徒の居場所となる諸施設(フリースクール)などが一般化しつつあるが,一旦学校を離れると手が届かなくなるからだろうか,その諸施設に任せきりでそのまま見放す形となる学校も少なくないと聞く。果たしてそれだけでよいのか。フリースクール等が増えていくにつれ,不登校を学校で対応しきれていない,また学校は子どもが不登校になってしまう前のシグナルにきづけていないという気がしてならない。しかしそのシグナルというものはすごくさ...