性同一性「障害」
「性同一性障害」という言葉に、いつもながら引っかかりを感じる。いうまでもなく、これはgender identity disorderという英語の医学用語の直訳であり、日本においてはdisorderは「障害」と訳されるのが医学界の定訳ということであるから、そこに深い意味が込められているということは、おそらくないであろう。 にもかかわらず、この「障害」という言葉に違和感を感じるのはなぜか。ここで当然に、「障害者」という言葉に突き当たる。そして、この違和感を分析すると、次の二つの要素に分けることができる。 一つは、性同一性障害者は「障害者」ではない、という違和感。 もう一つは、「障害者」が「健常者」でないということから来る違和感。 まず、第一の点について、たとえば同性愛が米国において、かつては精神疾患と考えられていた。しかし、現行のDSM-IVという診断基準マニュアルでは、同性愛は精神疾患とは考えられていない。この根底には、一般に思われているようには異性愛は自明のものではなく、同性愛も異性愛も性(性的指向)の多様なあり方の一つに過ぎない、という考え方がある。 これと同様に、性別違和や性同一性障害も、固定的な性別の二元的な分類におさまらない多様な性(性自認、社会的性別)のありかたの一つに過ぎない。であるから、性別違和や性同一性障害も治療を要する疾患ではないと、私は考えたい。ホルモン療法や性転換手術は、あくまで本人の意思決定に基づく施術であって、風邪や癌の治療とは本質的に異なるのである。 しかし、そのことをもって「障害者ではない」と言い張ることにどれだけの意義があるか。私は、ある精神障害者の知人に、「性同一性障害の「障害」という用語はおかしい」と言ったとき、「障害者と一緒にされるのがそんなに嫌か」と言われたことがある。私はもちろん、精神障害者を含め障害者を差別する意図でこの言葉を発したわけではない。もっとも、性同一性障害者が「障害者でない」、すなわち健常者であるという意識の奥底には、障害者差別に通じるものがあったことは否めない。私は不明を恥じる結果となった。 この点、性同一性障害者も従来から「障害者」と言われてきた人々も、社会的制約を受けるマイノリティであることを考えれば、確かに共通する点があるのは事実である。 もっとも、これで違和感が解消されるわけではない。ここで、第二の点について論じなければならない。 この点については、身体障害者等、従来から「障害者」と呼ばれてきた人々からも、「障害者」という言葉は強い違和感を持たれていたことは、容易に想像がつく。実際に、社会にさし障りがあり、害を与える存在、というニュアンスを含む「障害者」という言葉を排しようと、「障碍者」「障がい者」「しょうがい者」等の言葉が、当事者により案出されてきた。英語圏でも、disabled(~できない者)、という否定的なニュアンスの言葉に代わって、challenged(神により挑戦を受けた者)という言葉が、最近になって流通している。 この背景には、障害者の人格の尊厳を保障するというほかに、障害者を社会において特別な存在と扱わず、逆に施設や社会習慣を、障害者が健常者と同様に行動できるように変えていくというノーマライゼーションの考え方がある。 しかし一方で、「青い芝の会」という障害者団体が提唱したことであるが、「障害は個性」と言い切り、いわゆる健常者との差異を徹底的に相対化してしまう考え方もある。彼/彼女らに言わせれば、健常者(この団体は「健全者」というが)こそが特殊な存在でしかない。 これから類推すると、性同一性障害も個性の一つと考えれば、身体や精神などに障害を持つ者と同一の平面で考えることができる。性同一性「障害」という言葉の違和感は、身体的性別と性自認や社会的性別が一致している者は特殊な個性であると相対化することにより、解消されうる。 さらには、従来から障害者と呼ばれてきた人々と、連帯するところまでには行かなくとも、少なくとも対等な対話の糸口になりうる。 ただ、現実にはとりわけ身体障害者と、性同一性障害者とでは利益が相反する場面が少なくない。 例えば私はまだまだノン・パスで、女子トイレを使うのが気が引けるところがあるから、男女の区別していない車椅子用のトイレがあればそれを使うことにしている。しかし、このようなトイレは本来の身体障害者からは不評である。「障害者には性はない」という考えにつながりかねないとして、予算の許す限り男女の区別された車椅子用トイレを併設するよう要望がなされている。 私も賛成するジェンダー・フリーの考えからすれば、トイレを男女別に分けることそのものがナンセンスであるように思うのであるが、ここは身体障害者の方々に、男女の区別は(障害者と健常者の区別と同様)自明でないことを、理解していただきたいものである。 (Nov.2000)
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