慶應通信_合格レポート_歴史(東洋史)

閲覧数1,655
ダウンロード数0
履歴確認

    • ページ数 : 9ページ
    • 会員1,100円 | 非会員1,320円

    資料紹介

    慶應義塾大学通信教育課程
    総合教育科目「歴史(東洋史)」の合格レポートです。
    レポート課題:1.永楽帝の権力掌握過程について述べよ。

    あくまでもレポート作成の参考としていただき,コピペによる流用はなさらないようにお願いします。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    新・歴史(東洋史)
    設問1.永楽帝の権力掌握過程について

    はじめに
    明の太祖洪武帝の第四子である永楽帝(1360~1424、在位1402~1424)は、洪武帝が国家統治のために全土に分封した藩王のうちの一人、燕王として北平に赴いていたが、洪武帝の孫であり自らの甥でもある建文帝の治世に反旗を翻し、靖難の役と呼ばれる争いを通じて帝位を簒奪し、永楽帝として明朝に君臨した人物である。
    本稿では、燕王がいかにして北平にて台頭し、そして靖難の役は何故勃発し、勝利した永楽帝がどのようにして権力を掌握し、専制皇帝として明朝に君臨したのかを概観することで、設問に対する答えとしたい。

    第1章 燕王はいかにして力を蓄えたのか
    (1)諸王封建制
    燕王、後の永楽帝は、北平の藩王として建文帝に反旗を翻し帝位を簒奪した。その経緯を述べるにあたり、はじめに藩王とは何であるかを確認しておきたい。
    太祖洪武帝は、自らの自立の拠点であった江南の応天府、後の南京に宮城を築き首都と定めたのであるが、北辺から遠すぎるという立地であるがゆえに、北方の北元勢力に対する防衛という観点からは、次のような3つの課題を抱えていた。「一つ...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。