「三四郎」を読んで
時代を反映した小説を著してきた漱石は「三四郎」でも、明治の時代に対して警告を鳴らした。明治42年に朝日新聞に連載された「三四郎」は、新聞小説がリアルタイムに情報を発信できるという特性を生かして、社会批評を客観的かつ冷静に展開している。例えば広田先生が、日本について言う「亡びるね」という言葉。明治とともに生きてきた先生の漱石の分身としての言葉は、当時としてはかなり痛烈であり、その批評は現代にも通じる鋭さを持っている。
熊本から上京した三四郎は新鮮な驚きをもって学問の世界や異色な人物に触れながら、次第に自己に目覚めていく。主人公を平凡な学生にすることで、文明開化後の社会の動...