記憶

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    記憶の過程

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    記憶の働きは、「記銘」「保持」「再生」の3つの過程がある。記銘は、認知した対象を一時的に定着させる働きである。保持は、記銘されたことを忘れないようにする働きである。再生は、保持されたことを思い出す働きである。これは、意図的にする「想起」と無意図的に起こる「回想」に分けられる。また、この3つの過程は「再認」という記憶を再点検する働きを含んでいる。

    想起をする時や回想が起こる時に、それが実際の事柄とは違っていることがある。記憶した内容に「変容」が起こる場合である。変容が起こる要因は、様々なケースが考えられる。第一に、図形や色など視覚的対象について記銘する場合は、言語化による意味付けの仕方によって変容が起こる。例えば、白くて丸い物があったとして、それを「軟式ボール」と考えるか「まんじゅう」と考えるかで再生の内容が変わる。また、言語化によって意味を付与しておかないと知覚のプレグナンツの法則によって、対象が単純かつ明快な方向に変容する。

    第二に、記銘が無意図的な場合は、再生の内容が主体の生活経験や興味などによって変容されることがある。例えば、物語の中で自分にとって興味のあることは強調され、逆に興味のないものは省略される。バートレットは、このような変容をスキーマという概念によって説明した。スキーマとは、過去経験を構造化した認知的枠組みのことである。記憶は単なる入力情報のコピーではなく、スキーマを通じて情報を取り込み、再構成する過程を含んでいる。つまり、スキーマと矛盾するような情報を取り込むと、それを歪曲することでスキーマとの整合性を保とうとする働きが生じ、結果として変容が起こるのである。

     そして、想起をすること自体が不可能なときがある。記憶した内容を「忘却」している場合である。忘却が起こる要因について、様々な仮説が立てられている。初期の研究では、時間経過によって忘却が起こるとする消衰説が主張された。エビングハウスは、無意味音節を記銘材料に使った実験から、その保持時間を研究した。そして、初めの一日で66%忘れられるが、二日目以降から次第に忘却が減少し、30日前後でも20%は保持されるという結果を出した。つまり、忘却率は日がたつに従って減少するのである。また、集中学習よりも時間間隔を置いた学習の方が効果的であることも明らかにされた。

    しかし、時間経過によって忘却が起こることよりも、時間経過中に何が起こっているかの方が重要なはずである。そこで、他の情報による刺激によって忘却が起こるとする干渉説が主張された。ある事柄についての記憶が、それ以前に経験した記憶によって干渉を受けることを順向抑制という。例えば、片側のポケットに時計を持っていたが、それを偶然反対側のポケットに移し替えて、時間を見ようとしたとき最初に時計を入れていた方を探してしまうという話がある。また、その後に経験した記憶によって干渉を受けることを逆向抑制という。例えば、歴史の出来事などを学習する際に、覚える事柄が増えるにつれて、最初の方に覚えたことが想起しづらくなることがある。

    そして、記憶障害の心因性健忘の研究から、不愉快な事柄や自我に脅威を与えられるような事柄を無意識に抑圧することで忘却が起こるという説が主張された。不愉快な出来事より愉快な出来事の方が思い出しやすいというのである。しかし、個人の記憶の持つ感情的強さを測るのは困難であるし、抑圧が生じる際それに拮抗する衝動があることを考慮していないとしてこの説は批判されている。

    また、忘却は単なる記憶の痕跡の消去ではなく、貯蔵された記憶の中から適切な情報の検索に失敗したものとする説が主張されるようになった。つまり、記憶として蓄積されていても、適切な「文脈」を見つけないと再生がうまくできないのである。文脈とは、時間的、空間的、意味的なものを含む幅広い概念である。例として、友人に出会ったら言おうと思っていたことがあるのに、出会ったとたんに別の興味ある話題で盛り上がり、別れるまで肝心の伝言を忘れているなど、その場の文脈により想起の内容が限定されるのである。
     参考文献 ・高野陽太郎 『認知心理学2記憶』(東京大学出版会1995)

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