日本の歴史(Q0101)第2投題【2017年度B判定】

閲覧数2,253
ダウンロード数14
履歴確認

    • ページ数 : 5ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

    佛教大学:日本の歴史(Q0101)第2投題
    2017年度B判定合格リポートです。

    「投題にしたがって記述することができています。
    政党の離散集合に関する内容を
    もう少し充実させるべきでした。」
    という所見だったので、
    以上の点をもう少し拡充させれば
    A判定もいただけると思います。

    文章の構成や歴史の流れなどを
    是非参考にしてください。

    〇初期議会と日清戦後にかけての政党について

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    初期議会と日清戦後にかけての政党について
    はじめに
    初期議会とは、明治二十三年(一八九〇)一一月に開かれた第一議会から、第六議会のことを指しており、その特徴は超然主義的な立場をとり軍事力拡大を目指す政府側と、予算削減や地租減税などの民力休養を求める民党側の激しい対立があったのだ。明治初期、板垣退助を中心とした自由民権運動が高まりをみせ、明治十四年(一八八一)に国会開設の勅諭が出されたことによって、日本においても議会が開かれるようになったのである。こうして誕生した日本の初期の議会政治はどのようなものであったのであろうか。本レポートでは最初の総選挙から開かれた各議会の概要、そして日清戦争後までの政党の動きに着目をしながら考察を進めていく。
    初期議会の誕生と概要
    明治二十三年(一八九〇)に第一回総選挙が行われた。旧自由党は大同倶楽部、再興自由党派(大同共和会系)、愛国公党系の三派にわかれて、立憲改進党と争うことになった。そして七月の総選挙では旧自由党系勢力の勝利となる。総選挙の直後には立憲自由党が再興され、旧自由党三派は合同し、これに所属する議員は一三〇人、立憲改進党は四一人の合計一七一人が...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。