日大通信 日本史概説 分冊Ⅱ

閲覧数2,748
ダウンロード数32
履歴確認

    • ページ数 : 6ページ
    • 会員660円 | 非会員792円

    資料紹介

    次の二問について、すべて答えなさい。
    一、①豊臣秀吉が検地や刀狩をおこなった結果、どのような社会が成立したのかのべなさい。
      ②近世の幕府と朝廷との関係についてのべなさい。

    二、自由民権運動のはじまりから、大日本帝国憲法発布にいたるまでの政治の動向についてのべよ。

    合格レポートですがあくまでも参考にお使いください。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    一、①織田信長が本能寺の変で没すると、後継に成功した豊臣秀吉はこれまでの兵農分離の支配の仕組みや方法を集成し、思い切った制作を始めた。新たな国家社会の体制づくりをすすめ、基本的な手段として太閤検地を行った。検地の結果を村ごとにまとめ、検地帳に記載された名請人が田畑や屋敷の所有を認められ、多くの小農民が名請人となり、百姓の身分に定着した。また、それぞれの土地に等級をつけ、それを石高によって表示し、田畑の所持高だけでなく領主の所領高を表す石高制がとられた。さらに、すべての土地を公有地として、その土地を担当するのは農民一人と決めて検地帳に登録し、一地一作人を行った。しかし、年貢の納入は村請制をとり、農民は、耕作する権利を保証される代わりに年貢の負担を義務づけられ、その土地を離れることはできなくなった。それまでの荘園制による土地の私有地化や複雑な構造を簡潔にさせ、間にいる人間が儲けて力をつけるということを不可能にしたのであった。さらには刀狩令によって下剋上が停止され、武士は支配階級、農民は被支配階級に区別と固定がされ、農地を基礎とした封建社会の確立と全国統一が果たされていくのであった。

    ②関...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。