九州地方の地誌と福岡県の地誌

閲覧数4,281
ダウンロード数1
履歴確認

    • ページ数 : 4ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

    そもそも古代において「九州」とは、西海道のうち筑前国・筑後国・肥前国・肥後国・豊前国・豊後国・日向国・大隅国・薩摩国の9国の総称とされていたようである。時代は流れ1871年の廃藩置県において、九州の各地域は小倉・福岡・長崎・熊本・鹿児島ほかの11県に統合された。その後、諸県の分合が繰り返され、1883年に現在の、7県(福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県)となった。
     まずは九州地方における自然と農業との関係を見てみたい。九州地方を代表する山地に、九州地方北部の佐賀県と福岡県にまたがる筑紫山地と、九州地方中部の大分県・熊本県・宮崎県の3県にまたがる九州山地がある。筑紫山地の麓には筑紫平野が広がり九州最大の稲作地帯となっている。福岡県から佐賀県にまで広がるこの平野には、地元では「堀」と呼ばれている「クリーク」が張り巡らされている。クリークとは貯水池・用水路・排水路の機能を併せ持つもので、平野の各地域に水源を供給し稲作やその他の農業、住民の生活を支えている。
     筑紫平野の灌漑と筑後川とは長い歴史がある。筑後川は九州地方北部を東から西に流れ有明海に注ぐ川であり、九州地方最長の長さを誇る。利根川・吉野川とともに日本三大暴れ川のひとつと呼ばれ、筑紫平野の住民は幾度となく水害に悩まされてきた。そのため古くから治水事業が行われてきた。筑後川との歴史は水害との戦いの歴史。治水と共に灌漑の整備も進み、現在の平野での農業・生活を支えている。また、筑後川は有明海での「のり」の養殖になくてはならない役割を果たしている。有明海はのりの養殖が盛んな干拓地である。干拓の歴史は中世から続く。江戸時代には稲作を目的とした開拓が行われていた。そんな有明海の特徴として、干満の差が非常に大きいことがあげられる。潮の流れが速いため、海水が海底まで十分にかき回され、海の隅々までに酸素が行き渡り豊かな生態系が形成されるのだ。そしてこの有明海に栄養豊かな水流を供給しているのが、筑後川なのである……

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    九州地方の地誌と福岡県の地誌
    1.九州地方の地誌
    そもそも古代において「九州」とは、西海道のうち筑前国・筑後国・肥前国・肥後国・豊前国・豊後
    国・日向国・大隅国・薩摩国の 9 国の総称とされていたようである。時代は流れ 1871 年の廃藩置県にお
    いて、九州の各地域は小倉・福岡・長崎・熊本・鹿児島ほかの 11 県に統合された。その後、諸県の分合
    が繰り返され、1883 年に現在の、7 県(福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県)
    となった。
    まずは九州地方における自然と農業との関係を見てみたい。九州地方を代表する山地に、九州地方北
    部の佐賀県と福岡県にまたがる筑紫山地と、九州地方中部の大分県・熊本県・宮崎県の3県にまたがる
    九州山地がある。筑紫山地の麓には筑紫平野が広がり九州最大の稲作地帯となっている。福岡県から佐
    賀県にまで広がるこの平野には、地元では「堀」と呼ばれている「クリーク」が張り巡らされている。
    クリークとは貯水池・用水路・排水路の機能を併せ持つもので、平野の各地域に水源を供給し稲作やそ
    の他の農業、住民の生活を支えている。
    筑紫平野の灌漑と筑後川とは長い...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。