第4章
マイナンバー制度
第4章 マイナンバー制度
日本で「マイナンバー法」と呼ばれるものは、一般的には、「番号法」「番号利用法」と呼ばれているものであり、「マイナンバー」とは、私たち一人一人に付番される「個人番号」のことです。日本で呼ばれるマイナンバー法とは、番号法の愛称として呼ばれています。
そのマイナンバー法に基づく制度を「マイナンバー制度」と呼び、一般的には「番号制度」「共通番号制度」と呼ばれています。
この章では、まず、マイナンバー制度とはどのような制度かという概要を整理し、日本でできた背景を確認してから、マイナンバー制度のメリット・デメリットを挙げて、制度の全体像を明確にします。
そこから、前述したプライバシー権とどう関わっていくのか、また私たち国民にとってどのような危険があるのかを検討していきます。そこでは、諸外国が取る番号制度との比較も混じえて、日本が取る制度の特徴を見ていきます。また、マイナンバーとは直接関係しませんが、国家によるプライバシー侵害に関わる事件を紹介し、個人情報の漏洩の危険性が高いことを述べます。それと関連して、現在行われているマイナンバー訴訟を検討し、国が私たちのプライバシー権をどう考えているのか見ます。
番号制度の概要
⑴概要
番号制度を一言で表すならば、「国民一人一人に唯一無二の番号を交付し、縦割り制度の壁を超えて連携する社会保障・税番号制度」のことを言います。つまり、私たちそれぞれに個人番号を交付し、その個人番号だけで社会保障や税の申請ができるようになる制度となります。
私たちの個人情報は、公共機関・民間企業問わず、数多くの機関で管理されています。しかし、従来の情報管理は、各機関がそれぞれで管理していました。例えば、私たちが、国から給付サービスを受けようとする時、申請に必要な各書類(住民票・課税証明書など)は、私たち自身が集める必要がありました。そのために複数の機関から必要書類をもらう申請をしてこなければならず、私たちはサービスを受けるために複数の機関に出向く労力をかけるため、大変な負担になっていました。
そこで、各機関が情報を共有し、サービスを受けたい人がいた際に、申請に必要な情報を機関側が迅速かつ正確に集められるようにし、国民の負担を軽減する制度がマイナンバー制度であり、番号制度です。
番号制度では、私たち一人一人に固有の番号を交付し、これを公共機関・民間企業などで共有して使用することによって、各機関での情報連携がしやすくなり、様々な手続きが効率的かつ簡単にできるようになる制度だと言えます。
⑵日本に導入される背景
それでは、なぜ今になって日本にマイナンバー制度が導入されるようになったのでしょうか。実は何十年も前から番号制度の導入は、日本で検討されてきました。しかし、後述する国民のプライバシーとの関係で導入が見送られていました。
このような中、導入のきっかけになったのは、2007年に発覚した「年金記録問題」です。当時、年金記録を紙媒体からデータ媒体に移行するときに、データ入力のミスや書類の紛失などにより正確な移行ができず、本来なら年金をもらえる人が受給されなかったり、もしくは減額されていたりという問題が発覚しました。このため、行政が管理する個人情報の正確性の要求の機運が高まり、日本政府はマイナンバー制度の導入に踏み切りました。
⑶マイナンバー制度のメリット
今回導入されたマイナンバー制度は、どのようなメリットがあるのでしょうか。大きく分けて、以下の7点を挙げられます。
正確な情報管理・正確な情報連携
より正確な所得把握
きめ細やかな社会保障
迅速な被災者支援
行政手続きの簡素化・無駄の排除
社会保障給付を受ける権利の保障
縦割り行政からの脱却
このうち①から④までは、行政側のメリットであり、⑤から⑦が国民のメリットと述べられています。
行政側からの視点で見れば、国民一人の個人情報を一つの番号に集約できるため、同姓同名による間違いなどが起きずに、正確に個人を特定し、情報を管理できるようになります。また、正確な情報に基づいた個人への公的サービスの提供が細かくできるようになります。そして万が一震災に巻き込まれ、被災地から非被災地へ住民票の住所などを変更する場合も、マイナンバーにより、どの人が被災者の方で支援を必要としているのかが把握でき迅速な被災者支援が可能になると考えられます。
国民側からの視点で見れば、マイナンバー制度により行政の情報連携がスムーズになり、従来のように、複数の機関に書類を申請しに行かなくても、行政側の方で必要な情報を集めてくれるため、行政手続きが簡単にできるようになります。また、正確な情報把握が行政ではできるため、今まで受けられるはずなのに、自身が知らないせいで受けられなかった公的サービスを、行政から個人にお知らせすることが可能になり、社会保障給付を受ける権利がより保障されるようになります。
以上のように、簡単にまとめても、マイナンバー制度には、これだけのメリットが存在します。
⑷マイナンバー制度のデメリット
それでは、逆にマイナンバー制度にはどのようなデメリットが存在するのでしょうか。マイナンバー制度は、個人情報を正確に特定し、必要な人に必要な対応が迅速に取れるようになるメリットがありました。しかし、それは逆に言えば、個人の情報を正確に迅速に集約し特定できてしまうということになります。すなわち、国民のプライバシー権の侵害が発生する可能性があるというデメリットがあります。
この危険性も、番号制度が導入される前から各機関で管理していた個人情報と番号制度導入による情報連携による情報をデータマッチングさせることにより、本人の知らないところで自身の情報が国・企業に管理されてしまうことがあること、それが他者売買・もしくは管理されている個人情報が漏洩すれば、不特定多数の人に自身の情報が見られてしまう可能性があること、またビックデータ(膨大な量のデータを活用し、目的に沿った情報を与えるもの)と組み合わせてマイナンバーを使うことによって、本人の意思に反して、勝手に本人の虚像が構成され、あたかもその人がそのような人物であると、イメージが一人歩きをし、風評被害が出る可能性があると述べられています。
このように、マイナンバー制度のデメリットとしては、個人の情報を迅速かつ正確に集めることができるため、個人情報の漏洩やイメージの一人歩きなどの危険性があると考えられます。
マイナンバー制度と自己情報コントロール権の関係
番号制度の概要では、マイナンバー制度の概要と日本に導入された背景、マイナンバー制度のメリット・デメリットを挙げて、マイナンバー制度の全体像を見てきました。特にデメリットでは、マイナンバー制度の正確性と迅速性の情報集約によって、国民のプライバシー権の侵害の危険性があることを述べました。それでは、マイナンバー制度とプライバシー権(ここでは、自己情報コントロール権を指す。)はどのような関わりがあるのでしょうか。この節では、それを考えていきたいと思います。
第3章のプライバシー権の争われた事例の中で紹介した「住基ネット訴訟」では、主に①行政側が管理している個人情報は、名前・生年月日・住所・性別といった秘密にする必要性が高くないものだということと、②情報の漏洩の危険性が現実に起こる可能性が高くなく、抽象的危険に過ぎないことから、原告の請求を棄却しました。
ここでは、自己情報コントロール権の自由権的側面(国家から正当な理由もなく、自己の情報を公開されない権利のこと)の保障は、認められつつも、もう片方の請求権的側面(国家が管理する個人情報を国民が閲覧・訂正・削除・目的外利用の禁止などを請求する権利のこと)は、言及されませんでした。
このように、国家や民間企業のような巨大勢力が個人の情報を管理する時、必ず、個人のプライバシーとの関係があることになります。今回のマイナンバー制度は、まさしく、国家や民間企業のような巨大勢力が個人情報を管理する方法であるため、マイナンバーは、プライバシー権(自己情報コントロール権)とより直接的にかかわっていきます。
しかしながら、今回のマイナンバー制度が住基ネットと違う点は、マイナンバー制度において、国家が管理する個人情報は、秘密にする必要性が高いものを含むことが挙げられます。なぜならば、今回のマイナンバーでは、個人の正確な所得が把握できるため、その人の資産がどれくらいかが分かるなど、名前・生年月日・住所・性別といった情報よりも他人に知られたくない情報であるからです。また、その情報の漏洩は、名前などの漏洩よりも遥かに危険な影響を及ぼすと考えられるからです。
したがって、政府は、マイナンバー制度の運営方法をマイナンバー法で定め、個人のプライバシーが侵害されないように、厳格な保護措置を施しています。しかし、住基ネットと違い、情報の価値が高いことから本当に情報漏洩などの危険が現実に起こらないと言い切れるのか、それをこの後の5節「国家とプライバシー侵害の危険性の事例」で検討していきたいと思います。
個人情報保護法制の現在の動向
今日の情報社会の中において、マイナンバー制度が日本で導入されたことによって、個人情報保護法も改正されました。改正された背景には、個人情報保護法が制定された平成15年から現在までの10余年の間に、情報社会は、ますます発展し、多種多様かつ膨大な量の個人情報が取り...