“50年に及ぶ戦後の同和教育史を概括し、同和(人権)教育の意義と学校における同和(人権)教育実践のあり方を具体的に論述すること”
日本で人権尊重の理念に基づく教育が本格的に始まったのは、戦後の日本国憲法成立以降である。憲法第14条で基本的人権が規定され、全ての人の人権は保障されいかなる理由にせよ差別されない、という理念が文言として明確化された。理念として掲げられたこの条文は、戦前に部落が受けてきた社会的排除の状況と比較し、戦後の民主化が果たした大きな成果である。しかし、部落差別問題の実情は戦争直後の混乱下で部落と部落外の格差が見え難くなり、自ずと解消されると考えられたが、復興が進み生活が落ち着くと共に、戦前の差別的な環境は改善されず社会・行政から放置されている事が明らかになった。
教育に関しても、部落の子供の長期欠席・不就学は深刻な状況であった。1951年に京都で起こったオールロマンス事件を転機とし、同和問題に対する行政への責任意識が高まり、部落解放運動が展開され始めた。教育現場での学区内外と教室での差別状況や部落地域への教員の赴任拒否、部落の生徒の不就学率・退学率が部落外の生徒と比...