大化の改新とアジア情勢

閲覧数3,143
ダウンロード数8
履歴確認

    • ページ数 : 3ページ
    • 会員880円 | 非会員1,056円

    タグ

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

     本課題を考えるにあたり、①大化改新以前(4~6世紀)の東アジア国際情勢及び日本との関係、②日本の国内情勢を中心とした大化改新の概要、③大化改新後の日本の東アジア外交、の流れについて整理し、東アジアの国際環境から見た大化改新について述べる。
     4世紀の日本において大和政権を中心とした国家形成が進行する中、朝鮮半島でも国家形成が行われ、北部には高句麗、南部では馬韓諸国から百済、辰韓諸国から新羅が台頭し国家を形成していた。この頃の中国史書には日本に関する記述は無いが、高句麗好太王碑文などから、倭国が小国分裂状態の伽耶に進出し、百済と結んで高句麗と戦ったとの記述がある。国内統一を進める大和政権にとって鉄製の武器・農具が必要不可欠であり、鉄資源の豊富な朝鮮半島に進出したと考える。
     5~6世紀にかけては朝鮮半島では高句麗の圧力によって百済が北部領域を失い、新羅が勢力を拡大し伽耶諸国を圧迫していた。百済から要請を受けた大和政権では、継体天皇擁立を巡り力の増した大連大伴金村が512年伽耶西部4県の支配を認めた。この割譲をめぐり金村は賄賂を受けたとの批判を浴び失脚したが、百済との関係維持により五経博...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。