化粧と服装と男性と
はじめに
第1節 デヴィット・ボウイ
第2節 ヴィジュアル系
第3節 歌舞伎
第4節 キレイになりたい現代男性
おわりに
はじめに
せっせと雑誌を読んで、着飾り、お化粧をして街に出る。近年、女性が苦しめられてきた宿命である。同時に、男性にも、これをするのは女の役目、「してはいけない」という宿命が付きまとってきた。男性にとって、化粧とは、固定観念に縛られない、自由な服装はないのだろうか。
ここでは、男性が女性の服装を着るということについて、考えてみる。第1節では、ヴィジュアル系の元祖と言われる、イギリスのデヴィット・ボウイ、第2節では一九九〇年代に派手な化粧と服装で世間をにぎわし、ブームになった通称「ヴィジュアル系」と呼ばれる彼らを中心に、第3節では、江戸時代、日本でヴィジュアル系の要素を持っていた「若衆歌舞伎」とはどのようなものか取り上げる。第4節では、ヴィジュアル系ブームが去り、一般の男性にはどのような変化があったかを探る。
第1節 デヴィット・ボウイ
ヴィジュアル系の元祖として、挙げられるのはイギリスで七〇年代初めから活躍した、グラムロックのデヴィット・ボウイだろう。何故彼が、元祖ヴィジュアル系と言われるのか。それはその派手な外見にあった。ボウイのデビュー当時、ロック界はサイケデリックやアート・ロックと騒いでいる頃で、当然周りはベルボトム・ジーンズに長髪がお決まりのスタイルであった。そこへ、短髪に眉毛を剃り落とし、時に妖艶に、時にセクシーに、今で言うコスプレのように奇抜な衣装で登場したボウイは、超異色ミュージシャンとして注目を集めた。ロックの聖地イギリスでも、受け入れられるには時間がかかった。
しかし、ボウイが世間で注目を浴びたのは、奇抜なファッションだけではなかった。
七〇年にマリー・アンジェラ・バーネットと結婚。翌年、自らバイセクシュアルであることを公表し、大きな話題になった。また、72年には、ギタリストのミック・ロンソンにステージ上で同性愛的行為をしたとして、これもまた大きく報じられた。しかし、これらの言動が、真実かどうかが問題なのではない。こうした挑発的な発言が、今まで平穏にポップを聴いていた人にどのような衝撃を与えたかが重要なのである。「女っぽい化粧をしている人はゲイ」と言うイメージは、このスキャンダルの時のボウイの外見とその行動が反映された結果ではないだろうか。
しかしボウイは、これらの行為がアーティストとして、自分をどう写すかという戦略であったと考えていた。ボウイの服装や化粧には、世間の目を向けさせるための戦略として、演出していたものであったと言える。しかしファンはそれをボウイそのものだと思い、ボウイ神話が作られていったこともまた事実である。
第2節 ヴィジュアル系
そもそも、「ヴィジュアル系」とは何か。
(1)一般に、一九八九年にメジャーデビューしたロックバンドX(中略)が「PSYCHEDELIC VIOLENCE/CRIME OF VISUAL SHOCK」というキャッチコピーを用いたことに由来するとされている。さらに、(中略)九〇年から音楽専科が発行し、インディーズを含め多くのヴィジュアル・ロックバンドを毎号特集している音楽雑誌「SHOXX」の「*1鮮烈なヴィジュアル&ハードショック」というキャッチコピーによって、ヴィジュアル・ロックなるカテゴリーが広まることになった。(*1現在は「ヴィジュアル&ハードショック・マガジン」)
音楽性とは離れ、見た目でそのジャンルを称されることはとても珍しい。それだけXが
化粧と服装と男性と
はじめに
第1節 デヴィット・ボウイ
第2節 ヴィジュアル系
第3節 歌舞伎
第4節 キレイになりたい現代男性
おわりに
はじめに
せっせと雑誌を読んで、着飾り、お化粧をして街に出る。近年、女性が苦しめられてきた宿命である。同時に、男性にも、これをするのは女の役目、「してはいけない」という宿命が付きまとってきた。男性にとって、化粧とは、固定観念に縛られない、自由な服装はないのだろうか。
ここでは、男性が女性の服装を着るということについて、考えてみる。第1節では、ヴィジュアル系の元祖と言われる、イギリスのデヴィット・ボウイ、第2節では一九九〇年代に派手な化粧と服装で世間をにぎわし、ブームになった通称「ヴィジュアル系」と呼ばれる彼らを中心に、第3節では、江戸時代、日本でヴィジュアル系の要素を持っていた「若衆歌舞伎」とはどのようなものか取り上げる。第4節では、ヴィジュアル系ブームが去り、一般の男性にはどのような変化があったかを探る。
第1節 デヴィット・ボウイ
ヴィジュアル系の元祖として、挙げられるのはイギリスで七〇年代初めから活躍した、グラムロックのデヴィット・ボウイだ...