『定速静注』の最低限と『分布容積』の基本理解
第 97 回薬剤師国家試験 問題 172
ある薬物 100mg をヒトに静脈内投与したところ、下の片対数グラフに示す血中濃度推移が
得られた。この薬物を 50mg/hr の速度で定則静注するとき、投与開始 2 時間後の血中薬物
濃度(μg/mL)に最も近い値はどれか。1 つ選べ。
1 1.8
2
3.6
3 7.2
4 14.4
5 28.8
問題文中のグラフはなぜか急速静注・単回投与のものだけど、聞かれている
内容は定速静注(点滴)の話だね。とりあえず、定速静注について最低限の知
識を頭に入れておこうね。
定速静注(点滴)の最低限
k0
kel
体内
濃度 C
C
Css
k0
kel Vd
(1 e kel t )
k0:定速静注速度
kel:消失速度定数
Vd:分布容積
C:血中濃度
時間 t
t :時間
1
第 97 回薬剤師国家試験 問題 172
今、50mg/hr で点滴するって言ってるから、k0=50mg/hr でいいね。
点滴を開始すれば血中濃度は少しずつ上昇していくが、2 時間後(すなわち
t=2hr)で、血中濃度はどれくらいですか、と聞いているんだね。
よって実際に点滴の血中濃度の式に直接代入してみよう。
50mg/hr
C
k0
1 e kel t
kel Vd
すると、血中濃度を求めるためには kel(消失速度
定数)と Vd(分布容積)が必要だとわかるね。この
2 つのパラメータはどうやって求めるのだろう?
2hr
ここで、単回投与のグラフの意味に気付くんだ。
問題文中の単回投与のグラフから半減期が読み取れることがわかるかな?
投与 0hr →
投与 2hr →
よって、半減期は
そして半減期
10μg/mL
5μg/mL
2 時間で濃度が半分!
t =2hr とすぐに分かるね。
1
2
t と kel(消失速度定数)との間には密接な関係があったね。
1
2
半減期と消失速度定数の関係式
t =
1
2
ln2
kel
(ln2=0.693)
つまり、 t 12 と kel は表と裏の関係にあり、どちらかがわかればもう一方も求
められるんだ。これは必ず常識にしておこう。
2
第 97 回薬剤師国家試験 問題 172
半減期と消失速度定数の関係式に、t 12 =2hr
ln2
2hr=
kel
より、kel=
を代入すると、
ln2
求めたかった 2 つのパラメータ
2hr
のうち、1 つが求まった!
では次に Vd を求めたいんだけど、そもそも Vd ってなんだろうね?
Vd は日本語で“分布容積”と訳されるけど、何が分布するのかな?それはも
ちろん薬物だ。つまり“薬物が分布する容積(体積)”というのが正しい意味だ。
じゃあ薬物が分布する容積って結局どこのことだろう??薬を飲んだり、注
射で取り込んだ薬は、どこに広がっていくの?
当然だけど、それはもちろん人間の“体”、もう少し詳しく言うと、実際に薬
が広がっていくのは血管を流れる“血液”だよね。
だから分布容積 Vd とは、人間の体の血液を全て集めた時の血液量のことだと
理解しよう。まずはこれが、分布容積の基本理解だ。
分布容積(Vd)の基本理解
人間の体から血液を全て集めた
この体積が分布容積 Vd である!
血液
いいかな?そんなに難しいことは言っていないね。飲んだ薬はどこにある
の?それは血液だよって言ってるだけだからね、難しく考えちゃダメ!
んじゃ、具体的な分布容積はどうやって求めればいいのかな?これは小学生
の時にやった食塩水の計算問題とまったく同じなんだ。まずはそこから学びな
おしてゆこう。
3
第 97 回薬剤師国家試験 問題 172
濃度 2%
今、左図のように水の中に 1g の食塩が溶けている、
そしてこの食塩水の濃度は 2%だ。
溶媒?mL
このとき、溶媒の体積(mL)はいくらかな?
溶質
濃度=
溶媒
食塩(溶質)1g
←小学生のときに勉強した、
この濃度の公式 に当てはめ
れば溶媒(mL)はすぐにわ
かるよね。
実際に代入してみると
⇔
1g
2%=
溶媒
2g
⇔
∴
100mL
=
1g
溶媒
溶媒 = 50mL
特に難しいことをしているわけではないね、代
入すれば 50mL とすぐに出てくるね。
この“溶媒の求め方”が、そのまま“分布容積
の求め方”とまったく同じなんだよ。
このように考えれば、分布容積(血液量)
だって食塩水と同じように計算できるはず
食塩=体内薬物
溶媒の水=血液
食塩の濃度=薬物の濃度
だ。溶媒(血液量)は何 mL ですかって聞い
てるだけなんだから。
つまり、濃度の公式は
次のように書き直せるわけだ。
血中濃度
Vd
血中濃度=
体内薬物量
・・・(*)
分布容積(Vd)
食塩水の場合と比べてごらん。これは同じ意味のもの
体内薬物量
を名前を変えて書き直しただけで、特に難しいことは言
ってないでしょ。
4
第 97 回薬剤師国家試験 問題 172
あとはこの(*)式に血中濃度と体内薬物量を代入すれば分布容積(Vd)は求
まるんだけど、えーっと、・・・あれれ??
血中濃度って言っても、どの時間の血中濃度を使えばいいの??だって、血
中濃度なんて無限にあるよね!
グラフを見てごらん、
1hr のときの 7μg/mL?
2hr のときの 5μg/mL?
どれも血中濃度だよね!
第一、急速静注した瞬間から、薬が代謝され始めて減少していくんだから、
少しでも時間が経つと、体内薬物量は減少している!
ここが食塩水と違うところだ。最初に入れた食塩 2g は減ることはないけど、
注射で投与した体内薬物 100mg は時間とともに減っていくんだ。
まとめると、1hr 後や 2hr 後の血中濃度は採血すればわかるけど、そのとき
の体内薬物量なんて、もはやわからないんだよ。確実に 100mg より少ないとい
うことしかわからない!
でもね、唯一血中濃度と体内薬物量が、確実に、同時に、わかる時間がある!
それは急速静注した瞬間、そう、0 時間だ!
急速静注 0 時間の特殊性
100mg
体内薬物量は、代謝排泄を受けて時間が経てば
確実に減少していく。
しかし唯一、急速静注直後(0 時間)だけは、
静注した薬物量がそのまま体内薬物量である!
5
第 97 回薬剤師国家試験 問題 172
よって、分布容積を求めるときは、0 時間という特殊な時間を利用しよう!
血中濃度 10μg/mL
左図に、注射で投与した直後、すなわち
0 時間の状態を再現したよ。
Vd
あとは実際に(*)式に血中濃度と体内薬
物量を代入して、Vd を求めよう。
体内薬物量 100mg
体内薬物量
・・・(*)に、血中濃度=10μg/mL
血中濃度=
分布容積(Vd)
⇔
⇔ Vd=
⇔ Vd=
Vd
=
mL
を代入すると、
100mg
10μg/mL=
10μg
体内薬物量=100mg
100mg
濃度は計算しやすいように分数表記へ!
このテキストではおなじみだね。
Vd
100mg×mL
10μg
100・10-3g×10-3L
濃度計算はあくまで機械的に!
m(ミリ)=10-3
μ(μ)=10-6
に置き換えるだけ
10・10-6g
⇔ Vd=10L
求めたかった 2 つのパラメータ
よって、分布容積は Vd=10L
とわかった!
が、2 つとも求まった!
これで、点滴 2 時間後の血中濃度を求められるね、では解答に行こう!
6
第 97 回薬剤師国家試験 問題 172
【解答】
t =2hr とわかるので、
急速静注のデータ(グラフ)から、半減期
t =
1
2
ln2
kel
に代入して、kel=
1
2
ln2
2hr
・・・①
また、急速静注0時間での血中濃度、および体内薬物量より、
分布容積 Vd=10L ・・・② と計算で求められる。
また、問題文より点滴静注速度 k0=50mg/hr
求めたいのは 2 時間後(t=2hr
・・・③
・・・④ )の血中濃度なので、
①②③④を、定速静注の血中濃度の式に代入すると、
C
k0
1 e kel t
kel Vd
ln 2
50mg / hr
C
1 e 2 hr 2 hr
ln 2
10L
2hr 5
e
hr
ln 2
5L
hr
e
ln 21
と変換できるので、
『底が等しい log 乗は、イコール真数』より、
50mg
C
ln 2
e
1 eln 2
1
2
ln 21
21
=
1
2
5
10
C
50mg
1
ln 2 5 L 2
5 103μg
C
ln 2 103 mL
5
0.693
よって、C = 7. ちょっぴりμg/mL
≒
5
0.7
=7 とちょっと
答えは選択肢 3
7
第 97 回薬剤師国家試験 問題 172
いいかな?log の基本的な計算については、普段触れ合うことが少ないのでち
ょっと難しいね。
『薬剤師国家試験に必要な数学的知識』についてはまた別の機
会にテキストを作る予定だよ。
そして、今回も概算というテ...