人権規定をどのようにして民法の公序良俗の内容とするのか
公序良俗の内容は憲法の趣旨を取り込んで判断するといってもどの程度まで取り込むのか定かではなく、憲法の価値充填の振幅が問題となる。人権規定の効力を相対化して私人間に取り込む以上、憲法14条に反するからといって直ちに公序良俗に反するとはいえないだろう。
元来、公序良俗違反の判断にあたっては相当な反社会性を有することが必要とされた。判例上でも民法708条の不法原因給付の「不法」の意味は90条の公序良俗と同義とされていて、不法原因給付に関する判例では、不法原因給付とは「国民感情に照らし反道徳的な醜悪な行為としてひんしゅくすべき程度の反社会性を有する」ものと定義された(最大判昭和35年9月16日)。古くからの判例の態度では90条の適用についてかなり慎重であるといえる。私人間の契約自由の原則を尊重しているからである。この基準では憲法価値が90条に入り込む余地はないも同然である。本件の男女別定年制も当時20%もの企業が採用していたため、ひんしゅくすべき程度の反社会性があるとは考えられない。
しかし、これではまだ私人による人権侵害を許すことがあるので近年では民法90条の解釈は柔軟になされてきている。すなわち、伝統的な「公序良俗」の枠にとらわれず、民法90条という一般条項によって、立法が不備である時代ごとに新しく生じる社会の問題を解決していこうとする積極的な姿勢である。積極的な人権保護といってもやはり過度に私的自治に介入してはならないのは当然である。憲法の価値充填の振幅の問題点は、憲法によって制限する対象が、人権を持つ私人であることである。したがって憲法価値を間接適用する際には、慎重な私人間の利益の比較衡量がなされるべきなのである。侵害される人権を保護すべきだが、その際に逆に制約される相手方の人権も考慮して90条を適用しなくてはならないのである。
憲法の人権規定との関係
男女別定年制事件(最判昭和56年3月24日)
事実の概要
昭和41年、自動車製造を業とするA社は、同業のY社に吸収合併された。A社の定年は男女ともに55歳であったが、Y社の就業規則では、男子の定年を55歳、女子の定年を50歳と定めていた。A社が吸収合併される際、A社の労働組合は、A社との間で労働条件は原則としてY社の就業規則によるとの労働協約を締結した。 A社に勤務していた女性Xは、前記労働協約の一般的拘束力が及んだことにより、A社の吸収合併によりY社の就業規則の適用を受けることとなった。 昭和44年1月に、Xは満50歳となることから、Y社の就業規則に基づき定年退職の予告を受けた。Xは合併前の就業規則では定年55歳であったこと、そもそも男女別定年制は無効であると主張し、雇用関係存続の確認等を求めて出訴した。 地位保全仮処分申請の1審及び2審では、男女別定年制の合理性を認めて申請を退けられたので、改めて男女別定年制は民法90条に反し無効であるとして、本訴を提起した。
一審判決 (東京地判昭和48年3月23日)
結論→男...