今期の授業の中でも、特に果敢に戦場を駆け巡り写真を撮ってくる戦場写真家の話に興味を持った。戦場写真家といえば沢田教一さんや一ノ瀬泰造さんが有名であるが、本レポートでは橋田信介さんに焦点をあて、自分の意見を述べてみたいと思う。
まず始めに橋田さんの略歴についてまとめてみたいと思う。1942年山口県宇部市に生まれた橋田さんは70年に法政大学卒業後、大マスコミが後ずさりするような紛争地帯でも果敢に乗り込んでいく通信社として知られる、日本電波ニュース社に入社する。以後ベトナム戦争中のハノイに特派員として駐在するなど、東南アジアを中心にニュース・カメラマンとして活躍する。7
戦場写真家 橋田信介について
今期の授業の中でも、特に果敢に戦場を駆け巡り写真を撮ってくる戦場写真家の話に興味を持った。戦場写真家といえば沢田教一さんや一ノ瀬泰造さんが有名であるが、本レポートでは橋田信介さんに焦点をあて、自分の意見を述べてみたいと思う。
まず始めに橋田さんの略歴についてまとめてみたいと思う。1942年山口県宇部市に生まれた橋田さんは70年に法政大学卒業後、大マスコミが後ずさりするような紛争地帯でも果敢に乗り込んでいく通信社として知られる、日本電波ニュース社に入社する。以後ベトナム戦争中のハノイに特派員として駐在するなど、東南アジアを中心にニュース・カメラマンとして活躍する。78年バンコク支局長、80年ローマ市局長を経て、89年退社し、フリーランスとしてタイを拠点にニュース・ボックス・アジアを設立する。主にアジアの戦争をテーマとした報道番組を制作する。さらに戦場フリーカメラマンとして、湾岸戦争やカンボジア内戦、ビルマ動乱、ボスニア内戦、パレスチナ内戦、アフガン戦争、イラク戦争など世界の戦場、内乱の地での取材活動を活発に続ける。2004年5月27日、イラクのバグダッド近郊...