「きれいになる原爆文学」の行方
「広島の記憶の世界化、原爆の記憶の普遍化を装いつつ、その実、『唯一の被爆国』というナショナルな潜在感情に訴えかけようとしている側面は無視できない」。以上は日本文学特殊研究Ⅱの授業内で扱った、川口隆行氏の『原爆文学という問題領域』からの抜粋である。このワンフレーズはわたしに強烈なインパクトを残していった。こうの史代氏の作品である『夕凪の街 桜の国』の漫画・映画の両方を、また他の作品やわたし自身の経験を交えて意見を述べたいと思う。
こうの史代氏は、学生時代に経験した平和資料館や原爆の記録映画に相対してのショックから、原子爆弾投下の事実を避け続けていたという。更に、広島で生まれ育ちながらも経験していないがゆえに踏み込んではいけない領域であると捉えていたというのである。彼女のその原爆との距離感が、良くも悪くも作品に大きな影響を及ぼしていることを感じた。
原爆を取り扱った作品で、現代の若者の目に多く触れてきたのは、中沢啓治氏の『はだしのゲン』ではないだろうか。文献ばかりが多く置いてある図書館の中に、「漫画」というカテゴリで、遠慮なしの惨い表現で原爆と広島と...